藤曲たかひろ 熱海市議会議員として今伝えたいこと

 熱海市議会議員として今伝えたいこと

 
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「大津波から生き抜いた釜石市の児童」の話を伺って

先週の土曜日、静岡県の自主防災活動推進大会が
南熱海マリンホールで開催されました。

防災活動やポスターの表彰式の模様や
網代地区の自主防の活動報告については、
既に新聞等でその様子が載っていましたが、
今回のこの大会のメインは、
「想定外を生き抜く力」と題して
釜石地区で子供たちに長年防災教育を浸透させてきた、
群馬大学広域首都防災研究センター長で教授の
田中敏孝先生の講演でした。

その内容は「釜石の奇蹟」と呼ばれ、
3.11の東日本大震災の際、
その日休んだり家元に帰ってしまった5人以外の学校管理下にいた
釜石市の小学生1927人、中学生999人合計約3000人が
全員無事に生き残った感動の実話でした。

ポイントをかいつまんでお伝えすると、
8年前、津波を始めとする防災意識を高めるため
釜石市のアドバイザーとして赴任した片田先生は、
巨大な防波堤の完成により
津波に対する危機感を失った大人に限界を感じ、
1年後から小学校と中学校において、学校防災に力を入れ
災害を生き抜く子供たちをつくろうと奔走しました。

「大いなる自然の営みに畏敬の念を持ち
行政に委ねることなく自らの命を守ることに主体的たれ。」
という理念の下
子供たちにはわかりやすく3つの要点に絞って教育したそうです。

1想定にとらわれるな
2最善を尽くせ
3率先避難者たれ

この防災教育から7年目に大震災が起こりました。

釜石の子供たちはまさに田中先生のこの教育を実践し
各地で自ら率先避難者となることはもちろん
多くの弱者を救ったのでした・・

・・・ハザードマップにおいて津波被害の予想外にあったある中学校では、
地震発生と同時に先生が校庭に避難する前に
校庭にいたサッカー部の生徒たちが、
既に津波が来るぞと大声を上げながら
近くの小学校の方に走り出していたそうです。

当初その小学校では3階に避難していましたが、
中学生の姿を見て後を追うように、
山に向って避難を始めたそうです。

途中保育園の園児たちにも声をかけ、
小さな幼児を中学生たちが次々に抱っこしてさらに上に上がり、
老人の介護施設まで一旦避難してきましたが、
そこも危ない、もっと上に逃げられると
さらに上に向かって走り出しました。

ここで中学生はリヤカーに足の悪いお年寄りをのせ
一緒に逃げています。

この間、子供たちの姿に周りの大人もつられて避難しています。

「ここまで来れば大丈夫だろう」ではなく、
その時さらに高台を目指した結果
ギリギリ30秒の差で全員が、無事助かりました。
想定では安全とされていた学校や老人施設等
避難の途中であきらめた施設は
全部津波の被害にあってしまったそうです。

あるおじいちゃんは、堤防があるから大丈夫だと言って
逃げようせずにいたところ、
孫が、泣きながら逃げてくれというので、
仕方がなく逃げたところ助かったと
学校の先生に泣きながらお礼を言ったそうです。

また、油断についても田中先生は話してくれました。

釜石市でも約1000人の市民が犠牲になったそうですが、
その犠牲者が多く住んでいた場所を後でチェックしていくと
恐ろしいことにほとんどがハザードマップの津波浸水地区の
外側であったということです。

ここは大丈夫という自然に対する油断が生死を分けたわけです。

さらに印象に残った言葉は、「津波てんでんこ」の意味。
表面的には
「てんでばらばらに、家族のことさえ考えず一人で逃げろ」
ととらえられるが、
もし子供の姿が見えなかったら親は子供を探しに家に戻る。
その間に津波の犠牲となってしまう。
とてもてんでばらばらに逃げることはできない。
この言葉の本質は、自らの命に責任を持ち
家族もそれぞれ必ず避難している事を信じあえる信頼関係を築くこと。

田中先生は子供の口から親に
「私は必ず逃げるから、お父さんお母さんも必ず逃げてね」
と言わせるそうです。
そして親も子供に対して、「分かったよ、必ず逃げて後で会おうね」と答え
お互いの信頼関係を築かせるそうです。

わずか1時間半の講演でしたが、大変中身の濃い内容でした。
釜石市が震災の被害を最小限に抑えた真実の背後には、
長い間の防災に対する明確な指導があったわけです。

今、この釜石では確実に復興への遠い道のりに
多くの地元の人々が立ちあがっているそうです。

その力の源は
「子供たちがあれだけの震災から生き残ってくれたから・・」



この日600人近い熱海市民がこの大会に参加していました。
途中で帰ってしまった人を数えると講演を聞いたのは
500人弱だったでしょうか・・
せっかくの貴重な命の証にわずか500人です。
結局は町内で動員された役員や老人会、自主防の役員など
日ごろから防災に意識のある方々がほとんどだったのではないでしょうか・・

せめてこの日、片田先生の講演を聞いた市民だけでも、
「想定にとらわれず」「最善を尽くし」「率先避難者」の
実践者にならなくては、
犠牲になった被災者に顔向けができない。
そう感じました。



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プロフィール

藤曲敬宏

Author:藤曲敬宏
昭和41年12月26日誕生(48歳)
県立御殿場南高校普通科卒業
専修大学経済学部経済学科卒業
元衆議院議員秘書

(社)熱海青年会議所元副理事長
MOA熱海保育園元PTA会長


前熱海市立第一小学校PTA会長
熱海市テニス協会協会長
熱海市日韓親善協会副会長
熱海MOA保育園顧問
熱海純喫茶組合副組合長
熱海クラシックコンサート実行委員長
平和通り商店街振興組合理事
グローリーワイズメンズクラブ会員
旧日向別邸保存会会員

2007年4月 熱海市議会議員初当選
2011年4月 熱海市議会議員再選

藤曲観光商事有限会社 代表取締役
「カフェプランタン」を熱海駅前にて経営
妻と15歳と12歳の2人の娘との4人家族です

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