藤曲たかひろ 熱海市議会議員として今伝えたいこと

 熱海市議会議員として今伝えたいこと

 
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陸前高田 戸羽太市長

このたびの震災地視察の冒頭で陸前高田市の戸羽太市長にお会いしました。
戸羽市長は今回の震災で奥様を亡くされ、2人のお子様をご両親に預けながら
復興への激務をこなしていました。
これまでも数多くのメディアでも取り上げられていましたので、ご存知の方も多いと思います。
あまり詳しく知らないという方のために、ウォールストリートジャーナル
の記事をご紹介しますのでぜひご覧ください。

戸羽市長-1
戸羽市長-2

今回の被災地視察の中で戸羽市長が命からがら生き延びることができた、
まさにその現場である陸前高田の市庁舎にも行ってきました。
ここは、目の前が海岸の街の中心部であり、
周りには大型のショッピングモールがあったり、
消防署や警察署もありました。
その周辺ではまだ行方不明者の捜索が続けられており、
その横で、がれきをかたずける大型の重機が何台も作業中でした。
一か月前に来たことのある熱海JCの藤田理事長によると、
がれきの撤去はずいぶん進んだように見えるとのことです。

庁舎-1

今回その庁舎の中まで入ることができましたが、いまだ書類は散乱し、
津波の破壊力の大きさにただ信じられないと驚くばかりでした。
津波の到達点は、3階建ての庁舎の屋上部分まで到達し、高さにして
20M近くにも及んだことがわかります。
実際屋上部分に昇ってみましたが、いまだにここまで波が来るということが
感覚として理解できませんでした。

庁舎-2

この市役所でも多くの職員が逃げ遅れ、67人の犠牲者、臨時職員を含めると
100人以上の犠牲を出したということです。
陸前高田においては、亡くなった方はもちろん不幸でありますが、
このような惨状を目の前にして、これから復興という先の見えない大事業を前に、
残された方々も多くの重荷を背負って生きていかなければならないのかなあと思うと、
切ない想いと同時に、同じ日本人として客観的になってはいけない、
痛みを分かち合う感性を持ち続けなければという思いが強くなりました。
そのためには、また近いうちにここを訪れなければいけないと思います。

全体-1

そしてこの現実を、この悲劇を次に生かさなければなりません。
私の責任は、この教訓を熱海の今後の防災計画に生かすことです。
「答えは現場にある」貴重な被災地視察となりました。
視察にご尽力いただいた、陸前高田市の職員の皆様を始め、
多くの関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

全体-2

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プロフィール

藤曲敬宏

Author:藤曲敬宏
昭和41年12月26日誕生(48歳)
県立御殿場南高校普通科卒業
専修大学経済学部経済学科卒業
元衆議院議員秘書

(社)熱海青年会議所元副理事長
MOA熱海保育園元PTA会長


前熱海市立第一小学校PTA会長
熱海市テニス協会協会長
熱海市日韓親善協会副会長
熱海MOA保育園顧問
熱海純喫茶組合副組合長
熱海クラシックコンサート実行委員長
平和通り商店街振興組合理事
グローリーワイズメンズクラブ会員
旧日向別邸保存会会員

2007年4月 熱海市議会議員初当選
2011年4月 熱海市議会議員再選

藤曲観光商事有限会社 代表取締役
「カフェプランタン」を熱海駅前にて経営
妻と15歳と12歳の2人の娘との4人家族です

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